長野地方裁判所 昭和28年(行)2号 判決
原告 河原五郎治
被告 長野市古里地区農業委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告が訴外長田千鶴のなした別紙目録記載の土地に係る農地調整法施行令第二条第二項による承認申請に対し昭和二十四年十月二十一日なした承認処分は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として別紙目録記載の土地は全部現況畑であつて、右は元訴外稲田寿助の所有であつたが、昭和二十年三月二十八日訴外塚田七郎が右稲田よりこれを買受けその所有権移転登記は未了であるが、当時その引渡を受け、所有権を取得した。而して原告先代河原政夫は同年四月中右塚田より該土地を耕作の目的に供するため期間の定なく賃料一ケ年林檎二百貫の約束で賃借し占有耕作して来たところ、同人は昭和二十三年十一月死亡したので原告が単独相続により右賃借権を承継取得したがその後原告は昭和二十四年二月八日右土地の所有者たる前記塚田七郎の承諾を得て訴外馬場くにに対し右賃借権を譲渡する契約をした。よつて原告は右馬場くにと連署して被告委員会(但し当時は古里村農地委員会)に対して右譲渡の承認を申請すべきであつたところ、錯誤に基き同年十月初頃右馬場くにの弟である訴外長田孝次郎と連署して同人に対する本件土地賃借権譲渡の承認申請書を作成し、同人は同月十一日これを被告に提出した。原告は右錯誤に気付くや被告に対し二回にわたりその旨を告げて右申請撤回の意思表示をしたが、被告は右申請を撤回されたものとして処理しないのみならず、偶々孝次郎が右申請書を提出した直後死亡するや被告委員会の職員は孝次郎の妻である訴外千鶴に指示し原告に無断で右申請書中孝次郎名義の部分を千鶴名義に改変して提出させ、被告は之に基いて申請を承認する旨の処分をした。しかしながら原告は前述のように馬場くにに対して本件土地の賃借権を譲渡する契約をしたことはあるが、長田千鶴に対しては勿論長田孝次郎に対しても賃借権の譲渡を約したこともなければ、譲渡する意思も有つていなかつたのであるから被告のなした前記承認処分は当然無効のものと云うべきである。よつてその無効確認を求めるため本訴請求に及んだと陳べ、被告の主張に対し仮に被告のなした本件承認処分がその主張するように訴外千鶴と訴外稲田ふくとの間の賃借権設定契約を対象としてなされたものであるとしても右の両当事者からは何ら適式な承認申請書の提出がなく、かゝる申請書の提出がないにも拘らずなされた承認処分は違法たるを免れないと陳べ、被告の抗議事実を否認した(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中本件土地が全部現況畑であつて元訴外亡稲田寿助の所有であつたこと、訴外河原政夫がこれを占有耕作していたこと、及び同人が原告主張の頃死亡し原告が単独でその財産を相続したことは認めるが、その余の事実は否認する、本件土地の所有権は昭和二十二年八月二十四日前記稲田寿助の死亡により、その配偶者の稲田ふく並に直系卑属たる稲田幸治、同善夫、同政子、同重子、同八郎、同英雄、及び同鈴子の八名で共同相続したものであり、被告が右土地について昭和二十四年十月二十一日なした承認の内容も原告の主張とは異り、右は訴外長田千鶴と右共同相続人の一人であり且つ未成年者であつた、他の共同相続人全員の親権者たる訴外稲田ふくとの間の右土地に対する賃借権設定契約を対象とするもので、該承認処分には何等違法の点はないと述べ、抗弁として仮に本件承認処分は原告主張の如く被告に於て訴外千鶴が原告から右土地の賃借権を譲受けることを承認したもので、これに原告主張のような違法の点があるとしても右は行政事件訴訟特例法第十一条の精神からすれば結局有効として維持さるべきものである。即ち被告が訴外長田千鶴に対し本件土地の耕作権の取得を承認したのは、当時原告が右土地の賃借権譲渡を約したと謂う訴外馬場くには元高級軍人の妻で農耕の経験も設備もない上年輩者で稼働力にも欠け謂わば耕作の不適格者と認められ、また原告自身も本件土地より遠隔の上田市に小学校教員として在勤し右訴外人以上に耕作の適格を欠いていたのに反して、訴外長田千鶴は夫孝次郎と共に昭和二十四年三月以来右土地を平穏公然占有して専心耕作に従事し農器具も整備し肥培管理に最善を尽して当時既に相当の実績を挙げ、正に農地法令要請の精神に叶つた営農の適格者と認められたればこそ、承認したものであつて、斯の措置は農業生産の向上と耕作者の地位の安定を図るべき被告の任務遂行上当然のことであり、また公共の福祉に適合する所以でもあつたのである。然るに若しも今日右の処分を無効とするならば、単に訴外千鶴の個人的利益が害される許りでなく、公共の福祉にも反する結果となるので、前示規定の趣旨に鑑み、右承認処分は有効として維持さるべきであると陳べた(立証省略)。
三、理 由
成立に争いのない甲第一号証、証人小林美代治及び同小林親夫の各証言(但し後記採用しない部分を除く)、同長田千鶴の証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告及び訴外長田孝次郎が別紙目録記載の本件土地につき連署の上「農地調整法施行令第二条第二項の規定による申請書」と題する書面を作成し、右長田孝次郎の妻千鶴において昭和二十四年十月十一日これを被告委員会に提出したこと、右申請書は原告及び右長田孝次郎をいずれも契約当事者とし、そのうち長田孝次郎を申請人(今回から耕作せんとする者)、原告を相手方(現在の耕作人)として記載し、末尾に右長田孝次郎及び原告がそれぞれ申請人及び相手方なる肩書の下に署名捺印したものであつたこと、その後同月十四日右長田孝次郎が死亡したため、被告委員会の書記小林親夫が右申請人の名義を孝次郎の妻千鶴に変更するのを適当と考え、同女と謀つた上、同女をして原告に無断で右申請書の記載欄の孝次郎とある部分を抹消して千鶴と書加えさせ、署名欄の孝次郎とある上には千鶴と記載した紙片を貼布して同女の印鑑を押捺せしめた上、これを同月二十一日の被告委員会の会議に上程したこと、及び被告委員会が同日の会議において本件土地については右長田千鶴に賃借権を取得させてこれを耕作させることを相当と認め、前記申請書には同日附を以て「申請の件承認す但し契約期間は昭和二十四年三月より向う七ケ年即ち昭和三十一年二月末日迄とする」との奥書がなされたことを認めることができる。右の事実に徴すれば右申請書は本来原告より長田孝次郎に対する本件土地の賃借権譲渡の承認申請書であつたものであり、被告委員会はその後前記のように改変された申請書を以つて原告より長田千鶴に対するその賃借権譲渡の承認申請書として取扱い、その申請に対し承認の処分をなしたものと認められる。被告は右の承認処分は所有者である訴外稲田寿助の相続人の一人であり且つ他の相続人の法定代理人である訴外稲田ふくより長田千鶴に対する本件土地の賃借権設定の承認申請に対する承認であると主張するが、前記申請書には原告が契約当事者として記載されているのみならず、その署名捺印があることは前記認定のとおりであるところ、本件承認処分当時の農地調整法施行令第二条第二項は同項所定の農地等についての同項所定の賃借権等を設定し、移転し又は取得しようとする者は市町村農地委員会の承認を受くべき旨を定め、同じく農地調整法施行規則第八条第二項によつて準用される同施行規則第六条第四項はその承認申請は当該権利を設定し又は移転しようとする者及び取得しようとする者が連署してなすことを妨げない旨を規定し、右の諸規定は契約による農地等の権利移動については、連署して申請するか或いは各別に申請するかは兎も角として、常に契約当事者双方の申請を要求する趣旨と解せられることから考えると、原告の署名捺印はたとい相手方なる名義でなされていても実は一方の申請人としての署名捺印であると解せられるに拘らず、前記甲第一号証の申請書の契約当事者としての原告の記載及び原告の署名捺印はいずれも抹消されたり改変された形跡のないことその他右甲第一号証の記載に徴して、右申請書に基く承認処分を以つて原告に何ら関係のない被告主張のような賃借権設定契約の承認であるとは到底解せられない。もつとも右甲第一号証の申請書には地主として被告が稲田寿助の相続人の一人であると主張する稲田幸治の署名捺印があるが、右は単に地主に対し賃借権の譲渡につき同意をなすことを承認せしめるために同人の署名捺印を求めたにすぎないものと推認するのが相当であり(本件土地は後記認定のとおり訴外塚田七郎の所有であるが、その所有関係について認定する後記諸事実並に弁論の全趣旨に徴し、公簿上の登記名義人である亡稲田寿助の相続人の一人である稲田幸治を地主と誤認してその署名捺印を求めたものと認められる)、その他被告の前記主張に沿う証人小林美代治及び同小林親夫の証言部分並に甲第五号証(稲田幸治の別件における証言調書)の記載部分はいずれも供述者の主観的判断に基くものと認められ採用するに値しない。
なお、本件土地の所有者が何人であるか及び原告が本件土地の賃借権を有していたかどうかについて判断するに、まず原告は本件土地は訴外塚田七郎が訴外稲田寿助より買受けその所有権を取得したものであると主張し、被告は右塚田七郎の所有権取得の事実を否認し本件土地は稲田ふく外七名が稲田寿助より相続したものであると主張するが、証人塚田七郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証並びに右証人塚田七郎及び同海野孝義の各証言を綜合すれば、訴外塚田七郎は林檎畑として耕作する目的で昭和二十年三月二十八日稲田寿助より本件土地を代金一万円で買受ける契約をし、当時右代金を支払つてその引渡を受けたことを認めることができる。ところで右売買契約当時は臨時農地等管理令の施行により農地の売買、賃貸等をなすには地方長官の許可を要したのであつて、右売買についてその許可を受けていないことは右塚田証人の証言によつて明かであるが、昭和二十一年十月二十一日公布法律第四十二号附則第二項の解釈上臨時農地等管理令に基く地方長官の許可を受けない農地の売買賃貸借等の契約でもそれがその農地を耕作の目的に供するためになされ、且つ右法律を以つて改正された農地調整法施行当時既に引渡又は登記のいずれかが完了している場合には該契約は有効であると解するのを相当とするので、前記認定のように訴外塚田七郎が耕作の目的で本件土地を買受け当時その引渡を受けた以上有効にその所有権を取得したものといわなくてはならない。もつとも成立に争いのない乙第一号証によれば、右塚田七郎と稲田寿助との間に右稲田が昭和二十年三月二十九日右塚田より金一万円を借受けその弁済の担保として本件土地につき抵当権を設定した旨の公正証書が同年五月十一日附を以つて作成されていることが認められるけれども、前記塚田証人の証言によれば、塚田七郎は前記認定のように稲田寿助より本件土地を買受けその代金を支払い引渡をも受けたものの、当時農地の所有権の譲渡には知事の許可が必要であると聞き、その手続を経ていなかつた同人としては果して有効に本件土地の所有権を取得できたかどうかについて不安を懐き知人に相談の結果、念のため右の手続を履むまでは一応稲田より本件土地につき抵当権の設定を受けたような形式をとつておくことが安全であると考え前記のような公正証書の作成を求めたに過ぎないことが認められるので、右乙第一号証は塚田七郎が本件土地を稲田寿助より買受けその所有権を取得したとの前記認定の妨げとはならず、その他にも右認定を左右するに足る証拠はない。次に成立に争いのない甲第三号証、前記塚田証人の証言並に原告本人訊問の結果の一部を綜合すれば、右塚田は前記認定のとおり本件土地を自ら耕作する目的を以つて買受けたものの、経験のない林檎の栽培に自ら携ることは困難であつたので、昭和二十年四月初頃原告先代河原政夫に対しこれを期間の定めなく賃料として毎年右土地より収穫される林檎の一割を納入せしめる約束で賃貸し当時その引渡をしたことが認められ、なお右賃貸借契約について臨時農地等管理令による地方長官の許可を得ていないことは弁論の全趣旨によつて明かであるが、前記説示したところと同様の理由によつて河原政夫が本件土地の賃借権を取得したものと解すべきであり、そうして右河原政夫が昭和二十三年十一月死亡し原告が単独でその財産を相続したことは当事者間に争いがないから、原告は本件土地の賃借権を承継取得したことは明かである。従つて冒頭に認定した本件承認処分は被告主張のように訴外稲田寿助の相続人の一人であり且つ他の相続人の法定代理人である訴外稲田ふくより訴外長田千鶴に対する本件土地の賃借権設定の承認処分ではなく、原告より訴外長田千鶴に対する本件土地の賃借権譲渡の承認処分であるとの事実は、右承認処分が無権利者からの賃借権設定の承認ではなく、所有者から有効に賃借権の設定を受けた賃借人からの賃借権譲渡の承認であるということにもなり、実体上の権利関係ともよく合致するものであるということができる。
さてそこで本件承認処分の効力について判断することとする。まず原告は本件土地の賃借権を訴外馬場くにに譲渡する契約をしたことはあるが、長田千鶴に対しては勿論長田孝次郎に対しても譲渡する契約をしたこともなければ譲渡する意思も有つていなかつたのであるから、被告のなした承認処分は無効であると主張するので、この点について考えるに、証人長田千鶴の証言、右証言によつて成立の認められる乙第五号証の一乃至三及び、原告本人訊問の結果の一部を綜合すると、原告は上田市内の小学校に奉職していた関係で、先代河原政夫の死亡により本件土地の賃借権を承継したもののこれを耕作することができないため、叔父であつて且つ本件土地の賃貸人である塚田七郎と相談の結果昭和二十四年二月初頃右賃借権を訴外馬場くにに譲渡すべく交渉を進めたところ、右くには単独で本件土地を耕作する能力がないところから、当時東京の会社に勤務していた実弟の長田孝次郎に耕作せしめようと考え、原告の同意を得て同人に帰農を勧めた結果、同人は右の勧めに従い会社を辞めて同年三月頃妻千鶴と共に東京から本件土地の存する上水内郡古里村(現在長野市に合併)に移住して本件土地の耕作を始め、馬場くには全然本件土地の耕作はせず、くにから原告に対しては長田孝次郎を同女の家族として耕作させる旨を申向けていたが、原告としては当時賃借権の譲受人が何人であるかについてはあまり重きをおいていなかつたため、孝次郎が耕作することについては何らの異議も申立てず、原告は賃借権の譲渡代金はくにからも孝次郎からも受領しなかつたが、同年三月二十日賃借権譲渡に伴つて農具類を譲渡するに際してもその代金は孝次郎よりこれを受領し、その後同年四月末頃原告が作付した麦の補償として金三百円の支払を右孝次郎に対し要求し同人よりこれを受領したのみならず、本件の承認申請書についても孝次郎の妻千鶴の要求によつて申請人の名義が孝次郎となつていることを承知の上これに捺印して交付したことが認められ、右の事実に徴すれば原告は本件土地の賃借権譲渡契約成立に至る交渉の途上当初のうちはこれを馬場くにに譲渡する意思でいたが、その後長田孝次郎に譲渡する意思で、昭和二十四年三月頃右長田孝次郎との間に本件土地の賃借権譲渡契約を締結したものと認めることができる。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分及び右認定に反する甲第三号証(原告本人の別件における証言調書)の記載内容はいずれも信用できず、その他にも右認定を覆すに足りる証拠はない。但し後記のように農地委員会の承認あることを停止条件とする賃借権譲渡契約は有効であるが、農地の賃借権の単純な譲渡契約は無効であつて、当事者は特段の事情のない限り無効な契約をする筈はないから、右のような特段の事情のない限り農地の賃借権の譲渡契約は農地委員会の承認のあることを停止条件としてなされたものと認めるのが相当であり、原告と長田孝次郎との間の前記賃借権譲渡契約も亦特段の事情の存することにつき何らの立証のない本件にあつては右のような停止条件附の契約であると認定すべきである。
従つて原告は本件土地の賃借権を訴外長田孝次郎に譲渡する意思で、前述のように同人と連署し被告に対しその承認申請をなしたものと認めることができ、右申請行為自体はこれを有効なものと解さなくてはならない。
ところが、その後右長田孝次郎が死亡したため被告委員会の書記が原告に無断で孝次郎の妻千鶴をして本件の承認申請書の申請人たる孝次郎の名義を千鶴と改変せしめ、被告委員会は右のように改変された申請書を原告より千鶴に対する本件土地の賃借権譲渡の承認申請書として取扱い、その申請に対して承認処分をなしたものであることは前記認定のとおりであり、前述のように契約による農地等の権利移動については当事者双方からその承認申請をしなければならないものであることを考えるならば、右のように一方の申請人である原告に無断で他の一方の申請人の名義を変更せしめた被告委員会の書記の処置たるや甚だしい過誤というのほかなく、この点を看過してなした被告委員会の本件承認処分は結局その承認処分の内容に相応する承認申請がなされていないにも拘らず勝手に承認処分をなしたことに帰着し、しかも原告は前記認定のように長田孝次郎との間に農地委員会の承認があることを停止条件として本件土地の賃借権を譲渡する契約を締結したのであつて、そのことにより原告が右賃借権を長田千鶴に譲渡する意思を有していなかつたことが明かであるから、被告委員会のなした本件承認処分は重大且つ明白な瑕疵あるものとして無効であるといわなくてはならない。
もつとも、農地調整法の規定する農地等の権利移動の制限は極めて厳重ではあるが、農地等の権利移動を目的とする単純な契約を都道府県知事の許可又は市町村農業委員会の承認を受けずに締結するのではなく、右のような許可又は承認のあることを停止条件として農地等の権利を設定又は移転する旨の契約をすることは何らこれを禁止するいわれはなく、またかかる条件附契約に基く権利義務は相続の対象となると解するのが相当であるところ、本件土地の賃借権の譲受人である長田孝次郎が昭和二十四年十月十四日死亡したことは前記認定のとおりであり、長田千鶴が同人の妻であることは当事者間に争いがなく、従つて同女が右孝次郎の相続人であることは明かであるから、そのことにより一見本件承認処分は無効とまでは認めなくてもよいと解されそうであるけれども、証人長田千鶴の証言によると長田孝次郎の相続人は妻千鶴だけではなく兄長田一雄、姉花井仲子及び同馬場くにも共にその相続人であつて同人等が相続放棄の申述をしなかつたことが明かであるから、もしも被告委員会が本件の申請を右相続人四名に対する賃借権譲渡の承認申請として取扱つたのであるならば或いはこれに基く承認処分を有効と認める余地があるかもしれないが、被告委員会は本件の申請を長田千鶴一名に対する賃借権譲渡の承認申請として取扱い本件承認をなしたのであるから、右承認処分は到底無効たるを免れない。
しかしながら飜つて本件において原告が右承認処分の無効確認を訴求する利益があるか否かについて考察するに、旧農地調整法第四条農地法第三条による許可もしくは承認は農地等の権利移動について、その権利の移動を目的とする私法上の法律行為の効力発生要件たるに止るものであるから右の許可若くは承認があつても、その対象たる当該農地等について申請人が許可又は承認の内容に相応する私法上の法律行為を有効になしていない限り、右農地等について何等権利の変動を生ずるに由なく、また右の許可若くは承認のあることによつて、申請人の一方において斯かる法律行為をなすべき拘束を受けるものでないことはいうまでもないことである。
ところで本件においては被告は前記の如く訴外長田千鶴が原告より本件農地の賃借権の譲渡を受けることについて承認を与えたのであるが、原告が訴外千鶴に対しては右賃借権を譲渡する契約を締結したこともなければその意思も有つていなかつたことは前認定の通りであるから本件承認処分があつたからと云つて、訴外千鶴において右賃借権を取得するに由なく、原告が本件土地の賃借権を保有することについて何等の消長を来たすわけのものではなく、従つて又原告において、もし右土地の賃借権を馬場くにその他の第三者に譲渡しようと欲すれば、既に本件承認処分がなされているからと云つて新たな許可申請をなすことができない理由は毫もなく、被告委員会もこれに対し許可を与えてはならない理由はない筋合であり、なお仮にもし被告において既に本件承認処分がなされていることを理由に許可を拒否したとしてもその場合には当該不許可処分の取消を訴求すればよいのであり、その他本件承認処分によつて、原告の不利益に帰する法律的効果が発生しているものとは到底認められないから原告は本訴を以て右承認処分の無効確認を求める利益を有しないものと云わねばならない。
然らば本件承認処分は無効であるがその無効確認を求める原告の本件請求は確認の利益を欠く点において棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、行政事件訴訟特例法第一条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 伊藤顕信 今村三郎 市川郁雄)
(目録省略)